諏訪大社は「建御名方神(たけみなかたのかみ)」を主祭神として祀る、日本最古級の神社のひとつです。
建御名方神は国譲り神話に登場し、大国主命の子として知られ、戦に敗れて信濃の地へ逃れた後、この地で人々を導き「日本一の軍神」として信仰されるようになりました。
また、その妃神である「八坂刀売神(やさかとめのかみ)」も共に祀られ、夫婦神として崇められています。
諏訪大社は、自然そのものを神として祀る「古代の自然崇拝」を今に伝える特別な神社であり、全国約25,000社ある諏訪神社の総本社です。
この記事では、諏訪大社がどんな神様を祀り、どんな歴史と信仰を持つ場所なのかを、わかりやすく解説していきます。
諏訪大社はなんの神様を祀るのか
諏訪大社はなんの神様を祀るのかについて解説します。
それでは詳しく見ていきましょう。
①建御名方神とは誰か
上社本宮の建御名方神(たけみなかたのかみ)は、諏訪大社の主祭神として最も重要な存在です。日本神話に登場する神で、大国主命(おおくにぬしのみこと)の子と伝えられています。
建御名方神は、国譲りの際に高天原から送られた建御雷神(たけみかづちのかみ)と戦いました。
この戦いで建御名方神は敗れ、出雲の地を去って信濃国へと逃げ延びました。
そしてそのまま諏訪の地に鎮座したことが、諏訪大社の始まりとされています。つまり、戦いに敗れた神でありながら、その後に人々を導く守護神として祀られるようになったのです。
建御名方神は力強さや勇敢さを象徴する神格を持ち、古代から「軍神」として人々に崇敬されてきました。
そのため、戦国武将をはじめとする武士階級から特に厚く信仰されてきた歴史があります。
また建御名方神は農業の守護神としての側面もあり、五穀豊穣を願う祭祀も盛んに行われています。
戦いと生活の両方を支える神様として、古来より広範に信仰が広がったのです。
②八坂刀売神との関係
諏訪大社の前宮と下社では、建御名方神の妃である八坂刀売神(やさかとめのかみ)も共に祀られています。夫婦神として祀られているため、縁結びや家庭円満の神様としての信仰も篤いです。
八坂刀売神は女神として柔和な性質を持ち、建御名方神の荒々しい軍神としての性格を和らげる存在とされています。
夫婦で祀られることで、神社に訪れる人々へ「力」と「調和」の両方を与える信仰の形が整えられてきました。
特に諏訪湖の冬に現れる「御神渡り(おみわたり)」は、凍った湖面に亀裂が走る自然現象ですが、これは建御名方神が八坂刀売神のもとへ通う道だと伝えられています。
自然現象を夫婦神の物語として捉えるあたりに、古代からの人々の信仰心と想像力の豊かさが感じられます。
③国譲り神話と諏訪への由来
国譲り神話とは、日本神話の中でも重要なエピソードのひとつです。大国主命が治めていた出雲の国を高天原に譲る際に、その交渉役として登場するのが建御雷神です。
この時、建御名方神は「自分が戦って勝てば国を譲らない」と挑みましたが、敗北してしまいます。
その後、建御名方神は出雲を離れ、信濃の諏訪の地に身を寄せることになりました。
つまり、諏訪大社は建御名方神が安住の地として選んだ場所であり、この土地に深く根ざした信仰が始まったのです。
この背景から、諏訪大社は「敗者の神を祀る」という稀有な特徴を持ちながらも、逆境を乗り越えた強さを象徴する神社として崇められてきました。
④日本一の軍神としての信仰
戦に敗れて諏訪に鎮座した建御名方神ですが、そこからは「日本一の軍神」としての信仰が広がります。
武田信玄や徳川家康といった名だたる武将たちが、戦勝祈願のために諏訪大社へ足を運びました。
このことから、建御名方神は「敗者でありながら軍神」という、非常に興味深い二面性を持つ神様だと言えます。力の象徴でありながら、同時に民を守る守護神としての信仰を集めたのです。
さらに、農業や生活全般を守る神としても信仰され、地域に暮らす人々にとっては生活の基盤を支える存在でした。戦いと日常の両面を司る神様として、諏訪大社は今もなお人々に愛され続けています。
諏訪大社に伝わる古代の自然崇拝
諏訪大社に伝わる古代の自然崇拝について解説します。
それでは順番に見ていきましょう。
①本殿を持たない神社の特徴

諏訪大社の最大の特徴のひとつが「本殿を持たない」という点です。
多くの神社では、本殿に御神体を安置し、そこに神様が宿るとされています。しかし、諏訪大社にはこの「本殿」という建物が存在しません。
これは古代の信仰の姿をそのまま残しているためだと考えられています。
そもそも日本の神社は、もともと社殿を必要としない「自然崇拝」が起源でした。山や川、森や木など、自然そのものを神と見立てて拝むという形態が一般的だったのです。
諏訪大社はその古い信仰のかたちを今も受け継ぎ、御神体を自然に求めています。
そのため、「古代からの信仰が今も息づく神社」として、多くの人々から特別視されているのです。
②上社と守屋山の御神体

諏訪大社の上社(前宮・本宮)では、守屋山という山そのものが御神体として祀られています。
つまり、本殿の代わりに自然の山を拝むという形が今も続いているのです。
守屋山は古来より霊山とされ、山全体が神の宿る場所とされてきました。そのため、上社本宮では社殿の奥にある拝殿から、この守屋山を拝む形式をとっています。
これは「神は自然に宿る」という古代信仰の象徴ともいえます。戦国武将も守屋山を通じて神に祈りを捧げ、戦勝を願ったと伝えられています。
守屋山の存在は、諏訪大社を「日本最古級の神社」と呼ばれる所以のひとつであり、山岳信仰の源流を今に伝える重要な要素なのです。
③下社と御神木の信仰

諏訪大社の下社(春宮・秋宮)では、山ではなく「木」が御神体とされています。春宮では「杉の木」、秋宮では「イチイの木」が御神木として祀られています。
この御神木は単なる自然物ではなく、神が宿る依代(よりしろ)とされています。そのため、参拝者は本殿の奥にある御神木を拝み、そこに神の存在を感じ取ります。
御神木に触れることやその前で祈ることによって、神様とのつながりを得られると考えられてきました。
特に春宮の「結びの杉」は、縁結びの象徴とされ、多くの人々が良縁を願って参拝します。
このように、下社では「木」という自然の象徴を通じて、神への信仰を今に伝えています。
④自然そのものを祀る意味
諏訪大社が本殿を持たず、山や木を御神体として祀るのは、自然そのものを神として崇める古代信仰を象徴しています。
人間が人工的に建てた建物に神を閉じ込めるのではなく、自然そのものが神の姿だと考えるわけです。
これは、人々が自然の力に畏敬の念を抱いていたことを物語っています。山は天に近い神聖な場所、木は生命力の象徴であり、それらを神とすることで人間の生活と自然が深く結びついていました。
諏訪大社に参拝すると、自然そのものが神の姿だという感覚を肌で感じることができます。その意味で、諏訪大社は「古代人の自然観」を現代に伝える貴重な存在なのです。
諏訪大社四社の構成と見どころ
諏訪大社四社の構成と見どころについて解説します。
それでは各社の特徴を見ていきましょう。
①上社本宮の格式と守屋山信仰
上社本宮は諏訪大社四社の中で最も格式が高いとされる場所です。
広大な境内には「諏訪造り」と呼ばれる独特の建築様式を持つ拝殿と幣拝殿が並び、その背後には御神体である守屋山を拝する配置がなされています。
守屋山信仰を象徴する形で、参拝者は社殿を通して山そのものに祈りを捧げます。この信仰形式は「本殿を持たない神社」という諏訪大社ならではの特徴を色濃く残しています。
戦国時代には武田信玄をはじめ、多くの武将が戦勝祈願に訪れたとされ、軍神としての建御名方神の存在を強く意識させる場所でもあります。
上社本宮はまさに諏訪信仰の中心であり、まず訪れるべき代表的な社です。
②上社前宮と水眼の清流

上社前宮は「諏訪信仰発祥の地」とされ、建御名方神が最初に居を構えた場所です。境内は静寂に包まれ、神聖な雰囲気が漂います。
特に有名なのが「水眼(すいが)の清流」と呼ばれる湧水です。
古来より枯れることなく流れ続けるこの清流は神聖視され、参拝者が口をすすぎ身を清める場所として親しまれています。
上社本宮と比べて素朴で落ち着いた雰囲気があり、「諏訪信仰の始まり」を感じたい方には欠かせないスポットです。
③下社春宮の筒粥神事と結びの杉
下社春宮は、毎年1月14日から15日にかけて行われる「筒粥神事(つつがゆしんじ)」で有名です。
これは一年の農作物の豊凶を占う神事で、地域の人々にとって大切な伝統行事となっています。
また境内には「結びの杉」と呼ばれる御神木があり、縁結びや良縁祈願のスポットとして信仰されています。
参拝者はこの杉に願いを込め、恋愛成就や人との良いご縁を願います。
春宮は静かな神域に佇み、信仰と生活が結びついていることを実感できる場所です。
④下社秋宮の木彫りと温泉手水舎

下社秋宮は旧中山道と甲州街道が交わる交通の要衝に位置し、多くの旅人が立ち寄る場所でした。そのため、境内は賑わいと風格を併せ持つ雰囲気です。
特筆すべきは、江戸時代の名匠・立川和四郎富棟による繊細な木彫りの装飾です。
社殿の随所に施された美しい彫刻は芸術的価値が高く、建築美としても楽しめます。
さらに、下社秋宮の手水舎には珍しい「温泉」が湧き出ています。参拝前に温泉で手を清めるという、全国的にも非常に珍しい体験ができます。
また境内には青銅製としては日本最大級とされる狛犬が鎮座しており、その迫力は圧倒的です。
秋宮は歴史と芸術、そして独自の信仰文化が交差する魅力的な社です。
諏訪大社の祭りと神事の魅力
諏訪大社の祭りと神事の魅力について解説します。
それでは一つひとつ見ていきましょう。
①七年に一度の御柱祭
諏訪大社最大の祭りといえば「御柱祭(おんばしらさい)」です。七年ごとに開催されるこの祭りは、日本全国でも類を見ない規模と勇壮さを誇る神事です。
御柱祭では、山から切り出された樹齢150年以上のモミの巨木を「御柱」として選び出します。
そして、地域の人々が力を合わせてその巨木を人力で曳き、各社殿の四隅に建てるのです。
見どころの一つが「木落し」。急斜面を御柱に乗って滑り落ちる勇壮な場面は迫力満点で、まさに命懸けの神事といえます。
また、川を越えて運ぶ「川越し」もあり、御柱を曳く人々の結束力と信仰心が伝わってきます。
御柱祭は単なる祭りではなく、地域社会を支える信仰の核でもあります。
次回の開催は2028年(令和10年)予定で、その時期になると全国から多くの人々が諏訪に集まります。
②御神渡りに込められた伝承
冬の諏訪湖では「御神渡り(おみわたり)」と呼ばれる自然現象が起こります。湖面が全面的に凍り、その氷が大きくせり上がって筋状の亀裂を作る現象です。
この現象は古代から神事として解釈されてきました。建御名方神が別居している妻・八坂刀売神のもとへ通うために、凍った湖上を渡った跡だと伝えられています。
御神渡りは単なる自然現象にとどまらず、夫婦神の物語と結びつけられることで、信仰や伝承として人々の心に深く根付いてきました。
現在でも、この現象は神職によって観測され、その年の吉兆を占う大切な儀式となっています。
③筒粥神事で占う一年の豊凶
下社春宮で行われる「筒粥神事(つつがゆしんじ)」も諏訪大社ならではの神事です。毎年1月14日から15日にかけて行われ、その年の農作物の豊凶を占うものです。
米や小豆を炊いた粥に葦の筒を差し込み、その中に入った粥の量を見て吉凶を占います。この占いは古代から続く伝統で、地域の人々にとっては農業と生活に直結する重要な神事でした。
現代においても、この神事は地域住民に受け継がれ、五穀豊穣と安泰を祈る心のよりどころとなっています。
④地域と結びつく信仰の形
諏訪大社の神事や祭りは、単に神への奉納行為というだけでなく、地域社会の絆を強める大切な機会でもあります。
御柱祭をはじめとする行事は、地元の人々が世代を超えて協力し合う場であり、信仰が暮らしの中に根ざしていることを示しています。
また、こうした祭りや神事は観光客にとっても魅力的で、諏訪大社の文化的な価値を国内外に広める役割を担っています。
伝統と信仰、地域の絆が融合した姿こそ、諏訪大社の神事の大きな魅力といえるでしょう。
諏訪大社のご利益と信仰の広がり
諏訪大社のご利益と信仰の広がりについて解説します。
それぞれのご利益について見ていきましょう。
①勝負運と戦勝祈願
諏訪大社の主祭神である建御名方神は「日本一の軍神」と称され、古来より勝負運や戦勝祈願の神様として信仰されてきました。
戦国時代には武田信玄や徳川家康といった名だたる武将が戦いの前に参拝し、勝利を祈ったと伝えられています。
この信仰は現代においても続いており、スポーツ選手やビジネスパーソンなど「ここ一番で力を発揮したい」と願う人々からの厚い信仰を集めています。
勝負事の前に諏訪大社へ参拝し、心を整える人も少なくありません。
「勝守(かちまもり)」というお守りも授与されており、勝負運を強化したい人に人気があります。
②五穀豊穣と農業繁栄
建御名方神は戦の神であると同時に、信濃国を開拓し統治した神でもあります。そのため、農業や五穀豊穣をもたらす神としても古くから崇められてきました。
特に下社春宮で行われる「筒粥神事」は農作物の豊凶を占う重要な行事であり、農業と深い関わりを持っていることが分かります。
地域の人々にとっては、生活を支える大切な信仰の対象でした。
現代でも農家や食に関わる人々からの信仰が厚く、農業繁栄や食の安全を願う参拝が行われています。
③健康長寿と病気平癒
諏訪大社は健康や長寿のご利益でも知られています。建御名方神の力強い神格にあやかり、心身を健やかに保ちたいと願う人々が参拝します。
境内には温泉が湧き出ている場所もあり、古来より「病を癒す力がある」と信じられてきました。下社秋宮の手水舎で温泉に触れることで、身を清めると同時に健康長寿を願うことができます。
また「薙鎌守(なぎがままもり)」という独特のお守りは、風雨を鎮め、災難を祓う意味が込められており、病気平癒や厄除けとして広く信仰されています。
④縁結びと安産祈願
諏訪大社では、建御名方神と八坂刀売神が夫婦神として祀られていることから、縁結びや安産祈願のご利益もあります。
夫婦神は家庭円満や良縁を象徴しており、多くの参拝者が恋愛成就や結婚生活の安泰を祈願します。
下社春宮にある「結びの杉」は縁結びの象徴として有名で、参拝者は良縁を願ってこの御神木に祈りを捧げます。
また「むすび守り」というお守りも授与され、恋愛や人との良いご縁を望む人々に人気です。
さらに、安産や子育てに関わる祈願も古くから行われており、母子の無事と健やかな成長を願う人々にとって信仰の拠り所となっています。
諏訪大社の参拝ルートとアクセス
諏訪大社の参拝ルートとアクセスについて解説します。
それでは詳しく説明していきます。
①上社と下社の最寄り駅
諏訪大社は長野県の諏訪湖周辺に点在しており、四つの社に分かれています。
上社(本宮・前宮)へ行く場合の最寄り駅はJR中央本線の「茅野駅」です。一方、下社(春宮・秋宮)へ行く場合は「下諏訪駅」が最寄りとなります。
いずれも新宿駅から中央本線の特急「あずさ」を利用すればアクセスでき、首都圏からの日帰り参拝も十分可能です。
②車でのアクセス方法
車で訪れる場合は、中央自動車道の利用が便利です。上社へ行く場合は「諏訪IC」、下社へ行く場合は「岡谷IC」で降りるとスムーズに到着できます。
諏訪湖を中心に各社が点在しているため、車を利用すると効率よく四社を巡ることができます。境内周辺には駐車場も整備されていますので安心です。
③四社巡りのおすすめ順
諏訪大社を四社すべて参拝する場合は、「上社(前宮→本宮)→下社(秋宮→春宮)」の順で巡るのが最適とされています。これは信仰の歴史をたどるうえでも自然な流れであり、諏訪大社の全体像を理解するのに最もふさわしいルートです。
一日で巡ることも可能ですが、それぞれの社でゆっくりと時間を過ごしたい場合は一泊するのもおすすめです。特に諏訪湖周辺には温泉地も多く、参拝と観光を兼ねて楽しむことができます。
④一社だけ参拝するなら上社本宮
時間の都合などで四社すべてを巡れない場合は、まず「上社本宮」を訪れるのがおすすめです。
諏訪信仰の中心であり、格式も最も高いとされる社なので、諏訪大社の魅力を代表的に感じることができます。
上社本宮からは御神体である守屋山を拝することができ、古代から続く自然崇拝の姿を体感することが可能です。
初めて訪れる方にとっては、諏訪大社の核心に触れられる参拝体験となるでしょう。
まとめ|諏訪大社は建御名方神を祀る古代信仰の神社
諏訪大社は、日本最古級の神社として知られ、主祭神の建御名方神とその妃・八坂刀売神を祀っています。
建御名方神は国譲り神話に登場し、敗北した後に信濃の諏訪へと鎮座し、日本一の軍神として崇敬を集めました。
夫婦神として祀られていることから、勝負運や戦勝祈願のみならず、縁結びや家庭円満のご利益もあります。
さらに、諏訪大社は本殿を持たず、山や木といった自然そのものを御神体とする古代信仰を今に伝えています。
この独自の形は日本の神社の原点を体感できる貴重な文化遺産です。
四社それぞれに特色があり、御柱祭や御神渡りといった祭事は地域の信仰と結びつき、人々の心を強く結んできました。
諏訪大社は、神話と歴史、自然信仰が融合した日本を代表する聖地といえるでしょう。